大阪城から見た大阪の歴史

大阪のシンボルである大阪城は、豊臣秀吉が建てたイメージがあります。

もちろんその通りなのですが、秀吉が建てた大阪城は1615年の大阪の役で、豊臣氏の滅亡とともにすべて消失しています。

その後、徳川氏が支配下となり、すべて埋め立てた上に作られたのが大阪城の原型となっています。

徳川氏が建てた大阪城も江戸時代の末期に炎上してしまい、昭和に入って再見されたのが現在の天守閣です。

現在の天守閣のデザインは豊臣時代のものと徳川時代のものの折半となっていて、やや中途半端なのが実情です。

復元された天守閣というのは適当なことも多く、存在してもいなかったものを復元している場合もあるぐらいなので、似てるだけマシなのかもしれませんが。

ちなみに秀吉の時代は大阪ではなく大坂(おおざか)と呼ばれ、大阪城ではなく大坂城(おおざかじょう)と濁っていました。

大坂城が建てられる前の大坂は、本願寺の勢力下でした。

本願寺というのは戦国時代最大の宗教勢力、浄土真宗の総本山で、織田信長と長きにわたって戦いました。

信長に敗れ宗教都市から商業都市へと変わっても、大阪は江戸時代を通して経済の中心として繁栄し続け、現代に至ります。